ウナギの泥抜きと臭み
ウナギの泥抜きと臭み



○泥抜きとは
泥抜き(泥吐き)とは、ウナギやコイなどの魚を、生きたままの状態で餌を与えずに一定期間畜養することを いいます。ウナギの場合、大きめのクーラーや、衣装ケース、風呂桶などに入れ、エアーレーションを して泥抜きします。水が汚れたら換水し、平均3日〜7日、中には2週間も行う方もいるそうです。



○“泥”抜き?
泥抜きをしてみると固形物などで水が汚れます。しかしこれは泥(シルト分)ではありません。 ウナギの泥抜き最中の水の汚れの原因は、殆どが排泄物と吐瀉物です。はじめの1〜3日は消化管内容物を 消化してフンを出すため、水が汚れます。あとはほとんど汚れません。
ウナギは泥底などで生活し、摂餌しますが、泥は口や鰓蓋から直ちに吐き出すため、消化管内に入ることは ほとんどありません。 また、ウナギの体表は強力な粘膜によって保護されており、体表面からの泥臭成分の侵入、排出は ありません。つまり、泥抜きは現実には“消化管内容物抜き”であり、泥にも泥臭さにも関係がないのです。 よく考えてみて下さい。ウナギの蒲焼きや白焼きで食べるのは身の部分です。消化管については、 包丁で開いてよくしごけば何の問題もなく食べられます。
また、泥抜きではウナギを絶食させます。当然ウナギは痩せていくこととなり、せっかくの脂や、 うまみ成分が減少してしまうため、かえってウナギを不味くさせてしまう可能性もあります。

○「養生」は泥抜きではなかった
こんな話があります。ウナギ屋さんの言葉で、「養生」というものがあります。 これは、立て場(ウナギ桶を縦に積み、上から水をかけ流すところ)でウナギを生かしておく方法のことで、 現在では宣伝文句として「綺麗な井戸水をかけ流して生かし徹底した泥抜き管理をしています」などという 使われ方もするため、養生=泥抜きのために行われていると思われてしまっています。
しかしそもそも、養生とは、元は単なるウナギを長く活かすための方法に過ぎませんでした。 体表面が濡れる程度にして絶食、消化管内容物を無くさせておくことで、狭いイケスにそのまま入れておくよりも活きの良い状態を 保つことができるのです。 「養生で臭みを抜く」というのは、イメージ戦略の一環でしかなく、言わば後付けのオマケのようなものなのです。



○なぜウナギ=泥抜きなのか
自分でウナギを釣って、そのまま捌いて食べている、なんて話をすると、必ずといって良いほど、 「泥抜きしなくていいの?」と聞かれます。 では一体何故、泥抜きをしなければならないと思うのでしょうか。例えば、コイやフナは泥抜きをします。 コイは丸ごと(内臓ごと)筒切りにして、煮付けたりするので、消化管内容物まで食べてしまわないよう、 泥抜きをするのは当然です。 一方、ウナギは砂泥の場所を好みますが、丸ごと筒切りにして食べるわけではありません。
また、 海底が泥底の場所を好むアナゴは、泥抜きされずに調理され、ごくごく普通に食卓に上っています。 では何故、ウナギは泥抜きを しなければいけないという発想になるのでしょうか。ひとつには「臭いウナギの蒲焼き」というものが実際に 存在するということがあります。臭い=泥臭い=泥抜きが足りない、ということになり、 ウナギはちゃんと泥抜きをしないと、となるわけです。 また、淡水魚に対するイメージの問題もあります。身近にある川は、汚れが目に見えて分かってしまうため、 こんな汚れたところにいる魚は臭いんだろう、と思われてしまっているようです。しかし実際には あまり目に見えないだけで、最終的には川が流れ込む海も相当汚れています。

○ウナギが臭いわけ
先ほど、臭いウナギの蒲焼きがある、と述べました。 たとえば同じ魚であるサンマの塩焼きは素人が適当に焼いても臭いということはなかなかありません。 この差は一体何なのでしょうか。
ウナギを捌いた経験のある方ならお分かりかと思いますが、ウナギの身は非常に硬いです。 ウナギの身は筋タンパクの間にコラーゲン質の繊維が規則正しく並んだ構造になっています。この身は他の魚に比べコラーゲン 含有量が多く、それがウナギの力強さ、身の硬さの要因となっています。 通常の魚は加熱するとすんなり中まで火が通りますが、ウナギの場合には、このコラーゲン繊維が障害となり、 なかなかうまく火が通りません。加熱によってコラーゲンが十分に融解して、はじめて中まで火が通ります。 だから、普通の魚のように焼いてしまうと、必然的に「生焼け」となってしまうのです。 一般に臭みの成分はコラーゲン、脂肪層に多く蓄積されます。臭くないおいしいウナギの蒲焼きを作るためには、 忍耐強くじっくりと焼いてコラーゲンや脂肪層に十分熱を加え、 臭み成分を揮発させることが重要なのです。(参考:ウナギの臭みと調理実験



○どうしても臭いウナギ
一方で、どんなにうまく焼いても臭いウナギというものが存在します。 これらのウナギからは単なる川臭さ、生臭さではなく、独特の不快な臭いがし、焼いた後も臭いが残ります。 この臭いは泥抜きでは消すことができません。(参考:ゲオスミン様臭のウナギ
唯一、半年以上という長期間、餌を与えながら臭いのない環境下でウナギを飼育し、 代謝によって完全に体内物質を入れ替えさせるという方法では臭い物質の減少が報告されていますが、それではもはや天然ウナギ ではなく、自家養殖ウナギになってしまうと私は思います。

○おわりに
ウナギの臭いや泥抜きに対する価値観はさまざまです。例えば泥抜きには臭みを減少させるという点では科学的根拠がないため、 私などは意味がないのではと思ってしまいますが、イメージの問題としてどうしても食べる前に泥抜きをしておきたいという方もおられます。 泥抜きについては噂のように実しやかに語られるものが非常に多く、そのことが混乱を招いていると感じたためこのページを作成しました。 泥抜きをされる方もされない方も、このページを参考の一つとして頂ければ幸いです。

○参考文献
・水産物のにおい 小林千秋編 日本水産学会監修 恒星社厚生閣(1976)
・魚貝類の生息環境と着臭 元廣輝重編 日本水産学会監修 恒星社厚生閣(1988)




日本養鰻漁業協同組合連合会様及び加盟組合様にはお忙しい中養生に関する質問に回答頂きました。一部参考にさせて頂きました。
また、養鰻業者、川魚問屋、ウナギ屋、川漁師の方々には、ウナギの臭み、泥抜きについて回答頂きました。この場を借りてお礼申し上げます。




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