ウナギの臭みと調理実験
ウナギの臭みと調理実験



○はじめに
巷ではウナギは泥抜き(あるいは泥吐き)が必要だ、ということは極々普通、常識として捉えられています。私はいつも泥抜きをせずにウナギを 食べていますが臭いと感じたことはありません。このページではウナギの臭さに関する調理実験、そして主にそれらを元にした 考察を述べていきます。

○実験1
ウナギの焼き方(焼き加減)と臭みに相関が認められるかどうか確かめるため、以下の実験を行いました。

【実験方法】
5人の試食者A〜Eさんに、2個体のウナギの焼き方を様々に変えて、a.臭いか臭くないか、b.おいしいかそうでないか、の二点について、それぞれ評価してもらった。



(写真上):6月1日採集。全長61p、体重264g。卵巣有り。採集当日に捌いた。冷蔵。ヌメリ有り(脂度5)
(写真下):6月1日採集。全長55p、体重220g。卵巣なし。採集当日に捌いた。冷蔵。ヌメリ有り(脂度4)

これら2個体を、それぞれ3分割し、焼き方を以下のように変えた。

(1)40分:を約40分かけて、はじめの2〜3分だけやや強火で焼き、その後中火でじっくり返しながら焼いた。
(2)35分:上記同様、を約35分かけて焼いた。
(3)20分:を強火で約20分かけて焼いた。
(4)20分:を強火で約20分かけて焼いた。
(5)15分:を強火で約15分かけて焼いた。
(6)15分:を強火で約15分かけて焼いた。

(1)〜(6)を、焼き立ての状態で醤油につけて食べた。

(写真左:(3),(4)/右:(5))

【結果】
<表1>(臭みがあるかないか)
No. 40分 40分 20分 20分 15分 15分
Aさん なし なし なし なし あり あり
Bさん なし なし あり あり あり あり
Cさん なし なし なし なし なし あり
Dさん なし なし なし なし なし なし
Eさん なし なし なし あり あり あり

<表2>(おいしいかおいしくないか)
No. 40分 40分 20分 20分 15分 15分
Aさん おいしい おいしい おいしい おいしい おいしい おいしい
Bさん おいしい おいしい おいしい おいしくない おいしくない おいしくない
Cさん おいしい おいしい おいしい おいしい おいしくない おいしくない
Dさん おいしい おいしい おいしい おいしい おいしい おいしい
Eさん おいしい おいしい おいしい おいしくない おいしくない おいしくない
※ここでの「おいしくない」という評価は、試食者が、おいしいと感じたものと比較して劣ったという意味で用いた可能性がある。

<試食者の意見>
・(1)は(2)に比べて脂が多く、うまい。(A.B.C.D.E)
・(2)は(1)に比べて肉っぽい味がある。(A)
・(3),(4)はうまいが皮と身の間のニュルニュルが気になる。(B)
・(3),(4)よりも(1),(2)の方が身がふっくらしていて美味しい。(A)
・(3),(4)は少し焦げっぽい。(D)
・(5),(6)は生っぽい。(A.B.C.E)
・(5),(6)は生っぽいがうまい。(A)
・全部うまい。(D)
<調理者(うなたろう)の意見>
・強火でざっと焼くと脂が焦げて黒煙(スス)が沢山出るので大変。

【結論】
・焼き方はくさみの有無に関係する。
・泥抜きをしていないウナギでも、上手く焼くと臭みは感じられなかった。
・ヌメリを取っていないウナギでも、上手く焼くと臭みは感じられなかった。
・強火で焼くと身はあまりふっくらとしないものの、しっかり焼けばうまいが、臭みは感じる人、感じない人がいた。
・強火でも15分足らずでは火は通っているが生っぽかった。


○実験2
ウナギのヌメリや血液は、臭みの原因になるとよく言われますが、果たして本当かどうか調べるため、以下の実験を行いました。

【実験方法】
なるべくそれ自体の匂いが少なく、かつ強い味もしない材料として切り餅を用意し、a.表面を洗った生きているウナギのヌメリ成分を切り餅でこすり取った。b.捌いたウナギの血液を切り餅で絡め取った。二種の切り餅、それに普通の切り餅を用意した。 a、b、普通の切り餅(c)をそれぞれ3個ずつ用意し、オーブントースターで約4分焼き、試食者3名A〜Cさん(うちのAはうなたろう)で味、臭いを比較した。

【結果】
<表3>(臭うか臭わないか)
No. a b c
Aさん におわない におう におわない
Bさん におわない におう におわない
Cさん におわない におわない におわない

<表4>(味への影響の有無)
No. a b c
Aさん なし なし なし
Bさん なし あり なし
Cさん なし なし なし

<試食者の意見>
・bはウナギ屋の調理場のような臭いがした。(A.B)
・bは餅の味が薄く感じた。(B)

【結論】
・ヌメリ成分は臭みとは関係ない。
・血液成分はやや臭いが、味にはほとんど影響しない。


○考察
「ウナギは泥臭いから泥抜きが必要だ」と言うようなことはあちこちで言われています。私もウナギを釣って食べているという話をすると、「泥抜きしないと泥臭くて食べられないんじゃないの?」といった事をよく言われます。このように一般にも知識として広まっている泥抜きですが、果たして本当に効果があるのでしょうか。
私は以前、かなり汚染された水域でナマズを採集しました。あまりにも美味しそうだったため、3週間ほどかけて水道水で泥抜きし、食べてみましたが、臭すぎて食べられたものではありませんでした。その頃から、私は泥抜きに疑問を持ち始めました。

臭みの原因となる化学物質は単独ではなく、実にさまざまです。そしてその多くは魚体の表皮組織、脂肪組織に蓄積されています(肝臓にも多く蓄積されます)。 三重大学の柴田敏行先生に伺ったところ、こうした物質、特に脂質中に溶け込んだ臭み成分は一般に溶け出しにくく、水道水で一週間飼ったくらいでは殆ど変わらないそうです。要するに、泥抜きには意味がないということです。強いて言えば、消化管内容物が消化され、魚を捌いた時に誤って消化管を傷つけても内容物が殆どないため特有の腐敗臭が身に付きにくくなるくらいでしょうか。
また一般に言われる泥臭いという臭いも、単一な物質ではなく多くの物質が複合的に関与するため一概にどうしたら無くなる、ということも言えないようです。
某社のHP中には「これら、臭いの元になるものは、水質を浄化する。バクテリアが影響していると言われています。(中略) つまり、綺麗な水の中では、水質を浄化するバクテリアは生存できないので、きれいな水の中で十分な時間を過ごさせるとバクテリアはいなくなってしまうと言うわけです。」 とあり、これを引用されているサイトも見かけますが、実際に問い合わせたところ、科学的根拠は無いそうです。 事実、立て場で流水に三日間さらしただけでは、意味がなかったという実験結果もあります。

今回の実験では泥抜き自体については試していないものの、「泥抜きをしないと臭い」「ヌメリが臭い」「血液が臭い」という、一般によく言われる三項目について主に検証してみました。

まず、私が普段実践している、「焼きをじっくりやる。」これには効果が認められました。同じ個体を複数、同じ日に調理し、同じ方に試食してもらいましたが、私の普段通りの焼き方では全員から臭みも無く、美味しいという回答を得ましたが、一方で、焼き方や焼き時間を変えると臭い、美味しくないという回答が得られました。 先にも述べたように、臭み成分は表皮組織や脂肪組織に多く蓄積されています。じっくり中まで時間をかけて加熱すると、魚肉全体の温度が上昇し、脂質成分が揚げ物をするように“はじけ”ます。その際、脂肪組織中に含まれる臭み成分が揮発し、焼き上がり時には臭み成分が減少した状態になると考えられます。 これが強火で一気に焼いてしまおうとすると、焼けムラが生じたり、特に皮と身の間の脂肪層が十分に加熱されず、食感としてヌルヌル感が残ったり、臭みを感じたりすると考えられました。
ただしこの方法では沸点のある程度低いものは揮発させる事が可能ですが、沸点の高いものについてはそのまま魚肉中に残存してしまいます。たとえば淡水のカビ臭の原因となるゲオスミンなどは、沸点が200℃以上で、ほぼ揮発しないと考えるべきでしょう(参照:ゲオスミン様臭のウナギ)。ではそれらの物質が泥抜きによって抜けるかというと、そうではありません(1年ぐらい長期なら別かもしれませんが)。しっかり焼いても臭いが残るような場所のウナギは、あまり食べない方が良いのかもしれません。 (蛇足ですが、強火で焼かないと皮がパリっとしないなどと言われることがありますがそんなことはありません。強火でなくとも、脂がはじけるようにじっくり焼いてやれば、皮は脂で揚げられたようにパリっとなって美味しく食べられます。)

また、ヌメリ、血液の臭いについてですが、ヌメリについては、加熱によって臭いがなくなると考えて良いと思います。生きたウナギのヌメリを取るには、酢を入れたり、多量の塩を入れたりと、面倒な作業が必要となります。またヌメリ取りを行うことで、ウナギがストレスを感じ、肉質が悪化する可能性もあります。 血液に関しては、予想に反して、味にはさほど影響が無いことが分かりました。今までは血液が付着して味が悪くなるのを防ぐため、慎重に血液を拭き取りながら捌いていましたが、そこまで神経質にならなくても良さそうです。ただし、加熱しても僅かながら臭いが感じられるため、ある程度綺麗には拭き取った方が良いと思います。

○おわりに
このページをご覧になったみなさまはどう思われたでしょうか。世の中には実しやかに語られる事柄が沢山ありますが、ウナギの泥抜きもその一つだと思います。今回の結果を踏まえ、私は今まで通り、泥抜きはせず、ヌメリも取らずにウナギを食べていくつもりです。泥抜きにもヌメリ取りにも余計な苦労が多くかかる他、脂(うまみ)が落ちたり、酸性化して悪しが早まったりと、あまりメリットは感じられません。余計な苦労をかけなくとも、焼きに気を付けさえすれば、ウナギは美味しく食べられるのです。

(写真:適度に脂の乗ったウナギの白焼きが終わったところ。)

○参考・引用文献
・石油汚染と水産生物 日本水産学会編 恒星社厚生閣(1999)
・水産物のにおい 小林千秋編 日本水産学会監修 恒星社厚生閣(1976)
・魚貝類の生息環境と着臭 元廣輝重編 日本水産学会監修 恒星社厚生閣(1988)
・水産生物化学 山口勝己編 東京大学出版会(1991)




三重大学の柴田敏行先生には臭みについてご助言を頂きました。また複数の方に試食者として協力頂きました。シゲさん、西村さんにはページについて 助言を頂きました。この場を借りてお礼申し上げます。



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